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クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

懺悔

「ショスタコーヴィチの反抗」というDVDを観て、第7交響曲の逸話に疑念ありという感想をブログに記載していたのですが、信じられないですが、本当にあった話みたいですね。偶然その記述を、「ムラヴィンスキーと私」という河島みどりさんの著作で読むことができました。申し訳ありません。懺悔いたします。
b0046888_9153687.jpgそれにしても、この本、ふと図書館に行きたくなって、真っ直ぐにクラシック関係の本棚に行くと、輝いてみえたので、手にしてみたところ、とても興味深い本でした。ムラヴィンとショスタコの手紙のやり取りとか、逸話がもりだくさんです。

 当時の包囲戦のレニングラードはまさに飢餓地獄状態。上下水道、ガスは止まり、1日の配給は食パン半切れ、犬猫は食料にされていなくなり、ネズミすらいなくなったなかでのコンサート。しかも陥落寸前。それでも当時残っていた放送管弦楽団員15名と、名乗りをあげた音楽家でオケを編成、エリアースベルクの指揮での第7を演奏。

このコンサートには、勝利を確信していたヒットラーも信じられないことだ驚いたとのこと。

※神崎正英さんが、この曲について解説してくれているので、ここを参照してみてください。




第7に関しては、「壮大なる愚作」とかいろいろと言われていて、いかにもショスタコらしい言われようなですけど、バルトークなんかは、
「国家の奴隷にまでなって作曲する愚かな奴」とか言っていたらしいのですど、こういうエピソードを知ると「あんたはナチが怖くて逃げ出しただけでしょう。」と突っ込みを入れてあげたくなりますね。

まあ、当時として、ロシア国民に勇気を与えてきたことは事実のようです。

他、やはりこの本の目玉は、ムラヴィンとショスタコでしょう。

やはり2人の信頼関係は、『証言』がなんと言っても、相当に強い絆だったようですね。ショスタコは、モーツアルトを凌ぐ天才と言われていて、オケ曲なんかは、頭の中で完成しており、修正なんかしないと思っていたのですが、結構、いろいろとオーケストレーションについて、ムラヴィンとともに細かく修正しているのですね。このところの生き生きとした描写がすごいです。

笑ったのが、第8交響曲のフォルティシモのところでイングリッシュホルン奏者が体力温存のためにわざとオクターブ下に吹いていたのを、「何故にオクターブ下で吹くのか!」ショスタコが怒って指摘したところ、皆が騒然となり一瞬のあとにすごい拍手が湧き上がったというエピソード。ムラヴィンはこれに気がついていなかったとのこと。

それにしても、このイングリッシュホルン奏者はやるねえ。ムラヴィンの耳を欺けると思っているところが強者。怖くなかったのかなあ。

他のエピソードも文章が生き生きとしていて、この曲の練習風景が目に浮かぶよう。ムラヴィンとショスタコが指揮台と客席を何回も往復、あ〜でもない、こうでもない、うまく行かないとやっている最中に、ショスタコがムラヴィンに「この曲をあなたに捧げたい。」と言ったところ、ムラヴィンが生涯で最高の祝福の時とだったと供述しているところ。ジーンと来ますね。

その後、当然、この曲はムラヴィンの得意曲に。あるとき、チェコのヘボ指揮者が、ダメダメ君な演奏をやったときに、批評家君たちから曲を散々にけなされたらしく、ショスタコがかなり傷ついたらしいのですけど、ムラヴィンはこれに激怒。おなじチェコフィルに客演してこの曲を演奏。神憑り的な演奏して、名誉挽回。

さすが、義理と人情のムラヴィン。ロシア人というよりもサムライという感じですね。

他、来日時の話とか、おもしろい話がてんこ盛りで、いいですね。ムラヴィンは、飛行機嫌いで天ぷらが好物だったのですね。

私にとっても20世紀最高の指揮者とオケは、やはりムラヴィン=レニングラード・フィルとしておきたいですね。
by ralatalk | 2007-07-15 03:08 | 音楽エッセイ