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クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

楽譜について考えてみる

弦楽四重奏曲:「カッコウ・ズ・ライフ」をアップしてから何人かからメールを頂いており、概ね好評なようでほっとしてます。中には実際に演奏してみたいという粋狂な方もおられまして、その方のためにパート譜を作成するつもりでおります。
 そんな依頼もあったこともありますが、楽譜について、いろいろと考えているんですけど、PDFにして不特定多数の人に公開するよりも、紙媒体にして依頼者の人とメールのやりとりをやりながらやった方が、相手もプロクラスな人なんで、自分にとっても収穫があろうかと思っております。特に演奏者にとってわかりやすい楽譜というのは、今まであまり考えてこなかったので勉強にはなりますかね。

 楽譜データを紙として出力するということで考えてみたときには、いろいろやることが出てきます。まず脳内の整理をすると以下のようになりますかね。

1.アーティキュレーション
 
 作曲家によっては、フレーズの表情、ダイナミックス、テンポをものすごく詳細に指定していたり、ボーイングの上げ下げも細かく指定していたりするもので、マーラーなんかは、この代表といってもよいですかね。武満だともっとすごくて、フルートやオーボエの運指まで書き込んでいるという念の入れようですからね。
 逆に、バッハの場合だと、まったく何も書かれていないのですけど、この考え方は結構好きですね。まあグレン・グールドのファーンだし。演奏者に考える余地をたくさん与えておいた方が、多様な音楽が生まれてくる可能性が高いわけですしね。こうした意味で、バッハ音楽には偶然性もたくさん含まれているわけで、ジョン・ケージ、ブーレーズなんかよりもずっと前衛だったりするのかもしれません。ゆえにバッハの音楽は完成することはなく、常に最新の音楽でいられるわけです(ずるいぞバッハ)。
 まあバッハは極端な例ですけど、実際のところレガート系アーティキュレーションはバリエーションが様々あると思うので、固定してしまうというのはどうかといつも感じています。ドビュッシーの弦楽四重奏曲ではそのところ、いろいろ悩んでいる部分があって、なんか親近感が沸きますね。

2.テンポ
 
 作曲家が考えているテンポというのは、不思議なもんで、指定のテンポでやるとぜんぜん曲としておもしろくないという場合が結構あります。有名なところではベートーヴェンがそうで、指定されたテンポはすごく速いことが多いし、演奏技術が上がったからといってそのテンポで演奏してもぜんぜんおもしろくないことが多いです。まあこのところは、学術的見解がいろいろあるようですので議論は避けます。
 「カッコウ・ズ・ライフ」の場合は、140のテンポで一定していますが、演奏者の好みで、曲の途中でテンポを速めようと、遅くしようと、ルバート、アッチェランドをかけようとお好きにしてくだされという感じです。

3.アクセント、ダイナミックス
 
 これはある程度、計算して作曲してあるので、基本からはずれない程度に自由にするというのが良いですかね。逆にここは少し細かく記述する必要がありますかね。

4.即興的要素
 
 クラシック音楽は、楽譜通りに演奏するというのが、暗黙の了解事項となっていますけど、どうもこれには馴染めないところがあります。まあ作曲家の意志を尊重するという大義名分があるので、これは正統なことなんですけど、進化の過程で多様性を否定していった生物が最後に行き着く先は絶滅ということなんで、なるべく即興的要素を多く残し、演奏者の個性が反映されやすいような余地は残しておきたいですね。
 以前、友人にジャズの楽譜をみせてもらったんですけど、絶句してしまいました。ジャズの場合は楽譜というよりもシナリオなんですよね。

5.パート譜のページ区切り

 どこで譜めくりするかという点ですけど、シベリウスでどこまで自動でできるのか見てみたいところではあります。
by ralatalk | 2005-08-12 16:22 | 音楽エッセイ