クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

<   2004年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 クラシック音楽というものは、とっかかりが難しいということもあって、初心のうちは名曲集に頼ることになります。名曲集には、評価の定まった歴史的価値のある曲が年代的に記述してあるため音楽史を俯瞰するには良い聴き方といえるかもしれません。私もこの名曲集にそってバッハ、ベートーベン、ブラームス、ブルックナー、マーラー、シェーンベルク、バルトーク、ショスタコービッチといった王道に沿った聴き方をしてきました。
 ただし、こうした聴き方には一種の弊害があって、名曲集に存在しない音楽は、聴くに値しない曲であるという先入観が無意識に摺りまれたりします。例えば何となくドイツ音楽が一番でフランス音楽が二番、あとはイタリア、ロシアくらいで、イギリス音楽は三流以下、日本なんてまともな作曲家は武満くらいであるという名曲集特有の序列に洗脳されてしまう恐れがあります。
 最初は、ある意味仕方がないと思えるのですが、ある程度聴いていくうちに名曲集に対して疑問を持つようになってきます。この作曲家のこの作品はなんで名曲から漏れたのだろうかとか?とか何ででこの作曲家は名曲集に入っていないのだろうかとか。そんな疑問をもつことができたのなら、クラシック音楽がある程度わかってきたと言えます。
 
 現代音楽家のブーレーズは、音楽家というものは「何でも知っている」という自惚れに陥りやすく、こうした自惚れから脱出し、更なる高みを目指すべきであるというようなことを語っておられたのを思い出します。
 まあ、こうした反省も踏まえて偏見を持たない耳を持ちたいものです。

特に最近では、ナクソスなどでは激安価格でめずらしい作品のCDも多く販売されるようになってきておりこうした面では好転しているように思えます。こうした未知の曲に挑戦することで、真の音楽をつかむための耳を鍛えておきたいものです。
[PR]
by ralatalk | 2004-10-18 01:07 | 音楽エッセイ

三善晃のコンサート

三善晃のコンサートがあったので会社を休んで聴きにいきました。
三善晃と言えば、武満亡き後、日本でNO.1の現代音楽作曲家であることは、その作品の質と量から言って間違いのないところなんですけど、どうも馴染めないというか、その本質が分からない作曲家の一人です。

曲目は、以下のとおり。

焉歌・波摘み(1998)
ソプラノと管弦楽のための「決闘」(1964)
レクイエム(1971)

作品はどれもすさまじい音響地獄で、地面から足を掴まれそうな恐怖に満ち満ちており、たまに何を思ったのか、ごちゃごちゃの音響の中から「ねんねんころりよ~」とかの民謡が怨念のような形で出てくるという、呪術的世界になっています。

この人の作品に関しては、正直よくわからない部分が多いし、好き嫌いというレベルで話すには、あまりにも音楽からかけ離れているような気がするのですね。テーマ的には「死」というものが常に意識されているのですが、その死に対する概念はかなり特殊なような気がします。
 例えば、今回の「スマトラ地震津波」のようなすさまじいばかりの破壊的状況をそのままドキュメンタリ風に描写し、そこに作者としてのコメントや思い入れはまったくなしという冷めた作風。「その情景について各人が考えよ」という聴衆をつきはなした作品が多いような気がします。
 スコアの方は、かなり緻密に書かれているにもかかわらず、打楽器の暴力的なサウンドによってすべてがかき消されているし、すごくもったいないような気もするのですが、それがあって緻密に描写する作風が生きているのかもしれないし、良い悪いのコメントも難しい状況です。
 ただ言えるのは、こうした音楽は、ただ圧倒され「すごい」の一言しか発生を許さないある種のマインドコントロール的音楽なのだということです。

私の考える音楽とは、作品を通して人それぞれにさまざまな考えを発生させる音楽なのですがね。今のところ私の音楽観からはかなり遠いところにある音楽ですね。
[PR]
by ralatalk | 2004-10-14 21:35 | コンサート