クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

熟成

本日、ゲルギエフのコンサートに行ってきましたが、なかなか充実したすばらしい演奏でした。曲目は以下の通りです。
12/2 サントリーホール

プロコフィエフ

交響曲 第1番「古典交響曲」
ヴァイオリン協奏曲 第1番
交響曲 第6番

ワレリー・ゲルギエフ/ワディム・レーピン(vn)
ロンドン交響楽団




プロコフィエフは、最近まで苦手な作曲家だったのですけど、バイオリン協奏曲の第1番を聴いてから開眼。ショスタコを全曲聴いた後で、プロコの諸作品を聴いてみると、何となく共通点もあったりして理解できるようになってきました。

バイオリン協奏曲の1番については、数あるバイオリン協奏曲のなかでも一番好きな作品でありまして、今までいろいろなソリストで聴いてきました。結論的には、シゲティの演奏が格別にすばらしいと感じています。技術優先でコンクールの審査員のような曲の聴き方をしている人には、信じられないことなんでしょうけど、この曲は、技術を超越した先に真実があると感じています。

イメージ的には、産業革命の当時の機械と人間の関係です。蒸気機関車、プロペラ飛行機、モノクロ映画、ゼンマイ時計、クラシック・カー。アナクロな機械を人間が念入りに手入れしながら動かしていく。動きはカクカクしてゆっくりになったり少し速くなったり。
プロコは、そんなものをたぶん表現しているのでしょうから、これを完璧な技術で、隙もなく演奏されてしまったら、かなり興醒めです。でも最近の演奏はすべてこんな感じで味がないのです。

ハイトーンのギー、ギーという軋み音や、G線のゴットン、ゴツンという重い機械の音が音楽にたくさん使われていることにもう少し耳を傾けてほしいものです。

シゲティはこれを理解してやっているのかどうかは不明ですが、この適度にぎこちないというか不安的なところがアナログ的でとてもよいわけです。さらに難しいパッセージで一生懸命汗をかいている感じも、困難を克服しようとしている人間という感じで素敵です。

で今回のレービンはどうか。お〜、すばらしい。ある程度、理解してくれているじゃないですか。遊び心がいっぱいです。もう少し、下手に弾いてくれていてもよいのですが、そこはプライドというところでしょうか。演奏は、丁寧で、特にスピカートに叩き方にいろいろな音色バリエーションをみせくれました。E線〜G線の各線ごとに、ニュアンスを変えています。特にG線の叩き方がうまいですね。機械のイメージがたっぷりです。
一つ気に入らないのは、第3楽章の天使の音階練習のところで、うまく弾き過ぎていること。ここはテンポも多少もたつかせて、バックのオケのかっこい部分と微妙に合わないようにして緊張感を出してほしかったのですが、こんな危ない芸ができるのはシゲティのみですよね。無いものねだりです。

●天使の音階練習
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ここを過ぎると曲は、だんだんと眠るように静かになるのですが、最後の音の余韻が消えてもしばらく、観客も拍手をしなかったことがすばらしい。

アンコールはパガニーニの曲。パガニーニは、CDで聴くとぜんぜんおもしろくないのですけど、こうして実演をみているととても楽しいですね。左手のピチカートと弓引き同時と、重音攻撃。西洋の伝統大道芸としての見せ場、充分です。

そしてメインの6番。この曲がたぶんプロコの最高傑作だと思うのですが、5番ばかり演奏されているのが、実に不可解です。5番に関しては、私的には???です。で、そういうことがわかっていらっしゃるのか、偉い方がご光臨してきました。何と、天皇陛下と美智子妃殿下が、この6番を聴きにやってこられたではないですか。

びっくり仰天。目が合ってしまいました。はじめてまじかでまみえましたが、折り紙のように折り目がついた白の下地に縁が青いオーラがみえました。かなりの高貴なオーラで、独特の雰囲気がありました。楽団員もこれにはびっくりしたようで、これでさらに気合いが入ったような感じです。

そこを見計らって、ゲルギエフのタクトがいきなり振られると、そこは暗黒の深い海。暗い暗い海なんですけど、光がずっと遠くに差しているような感じです。このへんは、ショスタコと良く似た部分もあります。この時代、ショスタも、プロコも大変だったのしょうね。曲はひたすら暗く暗く、光さえも静めてしまいそうな重力を感じます。1楽章と2楽章がひたすら船が波で翻弄されるように進むのですが、それでも光の指し示すところにまっしぐら。3楽章になってようやく日差しが見えてきます。日差しが強くなるにつれて曲が元気に快活になっていくのですが、この持って行き方がうまいですね。最後はティンパニがドッカン、ドッカンとしめて終了。

残念なのは、この曲、終り方をもう少しプロコが工夫してくれたらなあと思うときがよくあります。理想的には、ショスタコの第四番の終楽章の終り方をしてくれていたら、間違いなく傑作といえたのですけどね。最後に曲を無理やりに盛り上げようとして台無しにしている感じがするのですよね。静寂のうちに終ってほしい。こうしておけば、フライング・ブラボーも防げるのに。少し残念。

アンコールは、白犬のコマーシャルのテーマ曲でした。

ロンドン交響楽団。よいオケですね。なかなかすばらしい間をもっています。オーケストラの間とは、指揮者が指示を出す⇒自分のオケの音になるように翻訳する⇒音を出す。翻訳する時間が長いと演奏が鈍くなるし、速過ぎると軽薄になります。適度なタメが必要なんですね。ゲルギエフのような激しい指示を出す指揮者には、一度タメてから鳴らすということがとても重要なのだと思いますけど、これが抜群の相性なんですね。ちょうど、ボールをギュット握ったときには、それなりのパンチで鳴り、緩く握ると柔らかく鳴ります。要はクッション。ゲルギエフの場合、直接、鳴ってしまうロシアのオケより、イギリスのオケの方が合っている気がします。

ほかにおもしろいと思ったのは、英国人って結構小柄な人が多いのですね。その小柄な人がいい音を出している。特にハープ奏者。パシとした立つ音と長めの余韻をうまく使い分けていて、音楽に活力を与えていました。プロコでハープって重要なんだとあらためて感心させてもらいました。
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by ralatalk | 2008-12-02 23:46 | コンサート