クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

ヒラリー・ハーンの見つめる先

 1月にヒラリー・ハーンが再来日するとのことで、どんなプログラムにするのか大いに期待していたところ、ジョシュ・リッターというシンガーソングライターとのコラボだといいます。ヒラリー・ハーンほどの大物が何故にこのようなことをするのか、さすがにびっくり。誇り高きクラシックファーンなら眉をしかめる人もいるかも知れません。そういう人のためには、別のプログラムも多数用意されているようなのでご安心をといったところですか。

 でも本命は、こちらのプログラムのはず。何か新しいことをやってやろうという積極的な意欲を買いこちらのチケットを手に入れておきました。



 ヒラリー・ハーンという人は、数多くのソリストのなかでも際立って特徴的な人だと思っています。その演奏は、完璧だとか、クール・ビューティとか言われてはいますが、私はそこには興味がありません。コンクール・ミュージックとしていかに完璧に演奏しようともそこには芸術の進化はありませんから。おそらくヒラリー・ハーン自身もそこに苛立ちがあるのでしょう。彼女の演奏を聴いていていつも思うのは、芸術への渇きです。シェーンベルクのバイオリン・コンチェルトを極めてなおも上を目指すために創造の力を手にしようとしています。その一歩としてのこのコンサート。たぶんジョシュ・リッターという人は、ジャンルが違うがかなりの才能をもっていて、その才能は、現役のクラシック作曲家を凌駕しているものと想像しています。

でなけば、バイオリン音楽のなかでも究極の難曲を惜しげもなく後半にぶつけてこれるわけがない。これに対抗する前半のプログラムは、当然、それにバランスするものでなければ意味がないし、ジョシュ・リッターもそれを引き受けているのだから、余程自信があると見て良いか、でなけばまったくのお馬鹿さんです。

普通、他ジャンルの演奏家とやるんでしたらこのような真剣勝負の曲目はまず考えられない。それゆえに、おそらくここに何かが生まれようとしている。そんな不気味な気配が漂っている。こんな果し合いは、滅多にみることができないのだけれども、ジョシュ・リッターの方がかなり不利な状況なのは確かでしょう。後半の曲に興味がある人は、かなりのバイオリン・マニアか、その筋の専門家の人達でしょうから完全にアウェイ状態というわけです。シンガーソングライターが、クラシックの強豪相手に創造力で勝利するようなことは、あり得ないと思っている人が多いと思うので、そのようなことがおこったとしたら、ものすごくおもしろい。

 ヒラリー・ハーン。もしかしたら、作曲の秘訣を盗み出し、クライスラーかイザイを目指すつもりなのかな。この人の将来は、いろいろな可能性があるので楽しみではありますが、単なるソリストとして終ろうとは思っていないような気がします。

『ジョシュ・リッターの主題による大演舞曲(武闘家付き)』とかそんな曲がかけるのならおもしろい。たぶん、これくらいの人だから、過去の巨匠と今のソリストと比べたときに何が一番不足しているのかくらいはわかっているのだと思います。そこを目指すのであれば、大バイオリニストとしての王道を歩むでしょう。

●プログラム

◇出演◇
バイオリン:ヒラリー・ハーン
ボーカル&ギター:ジョシュ・リッター

◇プログラム◇
ウィングス(リッター)
フォーク・ブラッドバス(リッター)
ガール・イン・ザ・ウォー(リッター)
ポッターズ・ウィール(リッター)
キャスリーン(リッター)
ザ・テンプテーション・オブ・アダム(リッター)
ザ・ラスト・ローズ・オブ・サマー(リッター)
エルンスト:「夏の名残りのばら(庭の千草)」の主題による変奏曲(ハーン)
シン・ブルー・フレーム(リッター)
イザイ:無伴奏バイオリン・ソナタ第5番 ト長調 作品27-5 (ハーン)
バッハ:無伴奏バイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV1003(ハーン)
ジ・オーク・ツリー・キング(リッター)
エルンスト:シューベルト「魔王」による奇想曲 作品26(ハーン)
ニールセン:前奏曲と主題と変奏曲 作品48(ハーン)

さて、さて、果してどうなることやら。期待度をあまり高くすると、落胆してしまうのが心配。5%くらいの期待度で挑みますかね。ジョシュ・リッターについては、当日が楽しみということで、まったくの予備知識なしで挑むことにします。
わたしには、過去の名声やジャンルなどはまったく関係なし。そこに本物の音楽があるかどうかだけです。
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by ralatalk | 2008-09-15 20:59 | コンサート