クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

音楽のストーリー

今、帰ってきました。早速、コンサートの感想を書くとしますかね。

    ●新日本フィルハーモニー交響楽団第430回定期演奏会
     4月24日(木) サントリーホール
     指揮:ニコライ・アレクセーエフ
     チェロ:アルバン・ゲルハルト

  1. シチェドリン :ショスタコーヴィチとの対話 op.113 (2001、日本初演)
  2. チャイコフスキー :ロココ風の主題による変奏曲 イ長調 op.33 (原典版)
  3. ショスタコーヴィチ :交響曲第11番 ト短調 op.103 「1905年」




●シチェドリン :ショスタコーヴィチとの対話

まず、一曲目は、シチェドリン の「ショスタコーヴィチとの対話」という作品。日本初演だそうです。最近の私のポリシーとしては、新曲の場合は、プログラムの解説を読まずに演奏を聴くことにしています。現代音楽の悪しき傾向としては、作曲家による高尚すぎる解説が、音楽以上の価値をもっている場合が多く、肝心の音楽がダメダメ君の場合がたくさんあるからです。そんなときはとてもショックです。
 でも今回のシチェドリンの作品は、心配ご無用。なかなか面白い感じがしました。もしショスタコが現在生きていたらこんな作風になっていたのではというコンセプトですかな。響きはいわゆる現代音楽なんですけど、コラージュ手法によるショスタコ音楽の再現で、1番、8番、9番、7番などの主題が断片的に出てきます。この引用の仕方は、ベリオのシンフォニアにも少し似た感じですね。でもベリオのようなベタな引用はありません。もしかしたら7番のチチンプイプイの旋律が出てくるのでは、楽しみにしていたのですが、その点は残念でした。他、打楽器の使い方が、ショスタコ半分、マーラー半分という感じでしたが、ショスタコ交響曲全集なんかもって聴き込んでいる人には、たまらん新作でしたね。もう一回聴いてみたい気がします。

●チャイコフスキー :ロココ風の主題による変奏曲

チェロのゲルハルトは、なかなか芸達者で、スイスイと弾いていました。この曲に関しては、楽譜に関する問題があるようで、オリジナル版で演奏することが少ないようですが、今回はそのオリジナル版で演奏とのことでした。
 この曲はチェロの曲なんですけど、結構、ハイポジションを使いますね。そのためバイオリン協奏曲をチェロに編曲したという感じもします。もしかしたらビオラに編曲してもいけるかもです。

●メインイベント:11番

 今回は、物語を強調した演奏だなあと思いました。冒頭がゆっくりめで丁寧に演奏されシーンが変わるごとにテンポを変えていきますので、映像的です。ウルフのときは、第二楽章の血の惨劇に的を絞ったテンポ変更であったのですが、アレクセーエフは見せ場見せ場で、カメラアングルを変更している気がしました。特に第2楽章の血の惨劇場面では、かなり遅いテンポでビデオをスローで映している感じがします。
逆に詠嘆の第3楽章では、はやめのテンポを設定し、あっさり流していきます。第4楽章は、冒頭の主題を強調して遅く、主題が終ると速めのテンポでざくざくと流していきます。このためテーマが強調されわかりやすい演奏となりました。最後は、スコア通りに鐘の余韻を即座に止めて終了。でもここは、おもいっきり鐘を叩いて、余韻を消さない方が、この楽章の主題である警鐘というイメージがしてよいと思っているのですが、ここは議論の余地があるところでしょうね。
 
 演奏はしっかりとしたものでしたが、アレクセーエフは丁寧にやりすぎて、この曲の狂気やすごみを薄くしてしまっているのが、ちょっと気になりました。そういう意味では、ヒュー・ウルフの演奏も同系列なのですが、この人の場合は、狂気の部分と冷静にもどる精神状態の間も計算して演奏していたので、こちらの方が、印象に残っており、この差が、第3楽章の深みの差となっています。

アレクセーエフは、報道局のカメラマンというスタンス。ヒュー・ウルフの場合は、一個人の体験というストーリーの違いがあるのかな。ショスタコは、おそらく後者の視点でしょうね。

でも、この曲は、指揮者によって随分イメージが変わるので、面白いですね。
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by ralatalk | 2008-04-24 23:56 | コンサート