クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

ミッチーのショスタコ全曲演奏会(総括)

ある程度時間が経ち冷静になったところで総括しておきますかね。

歴史的意義については、これから2~3年先をみないとわかりませんが、ショスタコがコンサートで取り上げられる機会は、これから確実に増えてくるものと予想しています。すでにウィキペディアに掲載されているのはおどろきでしたが。

5番は例外として、特に8、10、11は演奏機会が増えてくるものと思います。
実際、日比谷での観衆の反応もかなりよかったですしね。その中でも11番は、聴きどころ満載なのでもっと演奏されるはず。
8番は、内容が深刻なだけに、そう頻繁というわけにはいかないかもしれませんが、彼の最高傑作でもあるので、少しずつ増えて来そうな予感。10番は、似たような内容のバイオリン協奏曲1番が演奏される機会が増えてきているので、演奏機会が増えてくるかも。




個人的には、4、13の演奏回数が増えてほしい気がしますが、4はオーケストラ曲の最高難度Cレベルにして規模も最大。曲が複雑なので演奏解釈も説得力が要求される曲なので、マニア的には聴きどころ満載。

4番に関するミッチーの解釈は、とてもよかったのですけど、フライング拍手によって台無しに。仕方ないですね。オーケストラのパート合わせの練習不足もあったことだし、次回では、ペテルスブルク響との返り討ちを期待しております。ファーンのみなさんはフライング拍手をしないように曲を十分に研究しておきましょう。

13は歌手しだい。アレクサーシキンが、音量、音色、表現力が現役最高なはずなので、これを超える自信のあるバス歌手がいらっしゃるのなら出てきてほしいところです。でも、ちょとこれは日本人の体格では難しいかも。ならばロシアからFAでとりますか。

●演奏会のランキング

日比谷公会堂という特殊なホールなので、客席の位置によって随分と音の聞こえ方が違い、評価が難しいと思いますが、ららトーク的には以下の順番に決定。

  1. 14番
     これは歌手がソプラノ、バスともに最強だったので文句なし。広響の精鋭部隊による密度の濃い演奏。おそらく現在最高の演奏はこれ。CD化希望。
  2. 13番
     アレクサーシキン最高。サンクトペテルブルク響も全パートの集中力の高さもさすが。音色がまさにショスタコの暗黒の世界。
  3. 7番
     サンクトペテルブルク響の爆音炸裂。重戦車が進む感じの迫力の第1楽章と第4楽章。しかも舞台わきのブラスバンドの爆音で場内騒然。さすがロシアオケ。80歳近いご老人が2人もいるにもかかわらずパワーが違います。爆音だけでなく3楽章の聖歌を思わせる静かなところの表現も濃密に表現。7番はライヴで聴いてこそはえる曲。それを実感しました。なおこの曲は、サンクトペテルブルク響が初演しています。
  4. 5番
     サンクトペテルブルク響の荒い響きではあるが、横の線のつながりが濃密。指揮者が棒を振る前に自発的に動くオケ各メンバーのモチベーションの高さと、役どころをきっちりと認識しているんところに惚れぼれ。これほど能動的に動けるオーケストラでは他にウィーンフィルくらいしかないと思います。それと第四楽章の最後。ティンパニおじさんの撥4本をふりかざしていたところ。まさに千両役者の錦絵の世界でした。
  5. 10番
     未だによくわからない曲なんですけど、この演奏でこの曲の良さが認識できました。特に第一楽章は深い。意外にも7番とのつながりがありそうですね。サンクトペテルブルク響の弦は厚みと繊細さがあって実によかったです。
  6. 2番&3番
     この曲は生で聴けたこと自体が貴重。しかも本場ロシアのオケ。おそらくどんなに偉い音楽学者や音楽評論家ですら生で聴いたことはないでしょう。生涯にあと1回聴けるかどうかの超レアものです。ウルトラ対位法、サイレン、「レーニン」。「どんなもんだい!」という感じです。3番にも感激。不覚にも涙がでそうになりました。



●サンクトペテルブルク響 VS 日本オケ

 サンクトペテルブルク響の重厚な迫力、生き物のようなウニウニ、ウネウネ感のある演奏を聴いた後では、さすがに日本オケがスケールダウンして聴こえてしまいました。体格勝負の金管は仕方がないとしても、弦楽セクションの数はほぼ同じではありますが、音の厚みが日本オケの2倍以上はありました。音の深みも日本オケが水深10m程度とすると、100mに相当。この差はいったい何なんでしょうか?。ずっと考えていたのですが、奏法以外にも理由がありそう。仮説として、指揮者の棒に合わすのではなく、各奏者が自発的にクレッシェンドやデクレッシェンドをかけていて、その仕掛けるタイミングが微妙にずれてはいる。縦に合わせず、水流のように横の流れの力でもっていく。ピークにあわせるための音の圧力は濁流のごとし。これがロシア流の厚みの秘密ですかね。

 縦にきっちりと合わせず横の力でもっていく演奏に生命力ありとみました。すぐれたソリストは、伴奏者に縦に合わされることをとても嫌がります。「自分は勝手に弾くから、君も勝手に合わせてくれ。」という感じで。ずれたものがずれたままでは、ヘボな演奏ですけど、微妙に合いそうで合わないのだけど、決めどころではきっちりと合う。しかも意図的ではなく偶発的に。緊張と弛緩の対比こそが、生音楽の醸す発酵力。日本オケは縦に合わせる意識が強すぎて、優等生的に聴こえるのですね。
 
 それとサンクトペテルブルク響の強みは、ショスタコとムラヴィンにも演奏を指導してもらっていた点ですね。ショスタコには、他の作曲家にない独特な奏法やリズム感があります。とくに鋭いダウンボーで圧力をかけながら演奏するショスタカートは大事。マーラーの延長線上の演奏では、どうもショスタコ演奏は無理なようです。

●日比谷公会堂 1階席 VS 2階席

 ミッチー的には、2階席がお薦め。2階席の方がバランスよく聴こえるので、推奨の理由もよくわかります。でも私は1階席の方がよかった。1階席の良さは、残響が少ない分、音がダイレクトに伝わってくるという点と奏者の息使いがとてもよくわかり、奏者と観客との一体感を感じることができたことです。

●観客の集中力

 今回、特によかったのが、観客側で「よし来い!ミッチー。お前のショスタコを受け止めてやろうじゃないか。」という気迫に満ちていたこと。そのことがあってか、オケも気合が入ってよい演奏をしてくれたと思います。サンクトペテルブルク響を最後の奏者まで見送った13番は、聴き手も最高でしたね。

●ショスタコの今後

 今回の全曲演奏会で、日本でのショスタコの地位はほぼ確定したとみていますけど、さあどうか。これからですね。

ショスタコの音楽は、ベートーヴェンやマーラー、ブルックナーよりも今の日本人の心に共感する部分が多いと思います。明るい未来なんてやってこないし、貧富の格差は拡大する。官僚トップや経営陣の相次ぐ社会不正。ワーキングプアー。努力しても報われにくい社会。何となく息苦しい。そんななかでも、家族や恋人のためにがんばる。生き抜く。最悪な状態下でもどうすればよいか一市民として考える。そんな音楽。だからそういう状況に疑問を持たない人はたぶん理解不能。でも理解できる人が増えているのは、喜ばしきことなのかどうなのか。

 人が人であるための業を背負う音楽。ある意味、裏バッハ音楽なのかも。バッハやベートーヴェンは苦しいときに、神が見えている音楽。マーラーは神を見ようとした音楽。でもショスタコは神の存在を信じていない。だから現世を生き抜くという意味が強くなっているのですね。ミッチーは、スターリンが本当に良い人だったのか、悪い人だったのか、近くにいた人はまったくわからないと言っていました。
「あるときは慈悲深く、あるときは容赦がなかった。」
スターリンの国葬で、大勢の人が泣いているフィルムがあって、当時の私は非常に不思議に思っていたのですけど、これが普通の人が見えている現実の世界なんでしょうね。

権力者と神とは非常に似たようなところがあるので、そうしたものにショスタコは嫌悪感をいただいていたと、私は思うのですね。

ショスタコはかなり譜面を書く速度が速かった。そのことを尋ねられたときに、
「一刻も早く曲を仕上げて、それをみんなに聴いてもらいたい(曲の中に真実がある)。だから、急ぐのです。」

ムラヴィンもショスタコのこの姿勢にいたく感動していたようで、それゆえに20世紀最大の作曲家を支えていたのですね。
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by ralatalk | 2007-12-26 18:19 | コンサート