クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

ミッション・コンプリート:全曲制覇完了

 本日、最後となりました、井上ミッチーのショスタコ全曲演奏会。
最後は、大曲の8番と、ラストにふさわしい15番。観衆もわかっているのか今日の日比谷公会堂は、ほぼ満員。オケはミッチーの手兵の新日本フィル。今回は、8回連続演奏会のチケットを購入した50人に会場に貼られていたミッチーサイン入りのパネルがもらえるとのこと。運良くゲットしました。パネルは名フィルの演奏風景ですかね。これ?
それとミッチーと握手してきました。やった〜。←割りとミーハーです。私は。
ミッチーの手はかなり大きく、そして柔らかいお手をしておりました。

 さて、演奏なんですけど、まずは第8番から。
出演: 指揮:井上道義 演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団
曲目・演目: 曲目:ショスタコーヴィチ:交響曲第8番/第15番




第一楽章は落ち着いた響き。弦楽器、特に第一バイオリンの響きがとても良く感じられました。よく見て見ると、前半、第二バイオリンの休息が多く、ほとんどの旋律を第一バイオリンパートが弾いているのですね。これは意外でした。CDだとこういうことはわかりませんのでね。
 それと今回、ビオラを第一バイオリンに対抗して配置しているのですが、この狙いは第3楽章にあるのですね。
 曲は、ゆっくりと不気味にどんどんと盛り上がってきて最高潮に達するのですが、ここまでは、結構稽古を積んでいるようで、うまく計算されているような気がしました。そして最高潮から総崩れになって盛り上がる部分。ここで少し違和感が。シロフォンの音がちょっと硬過ぎるというか石のような音。この音色には疑問。この音で最後まで通すのかと不安に思ったのですが、第二楽章以下では、この音色は変更。意図的?。
 
第二楽章は、スケルツォ。出だし、随分とゆっくりと出たので、少し驚きました。これは第三楽章の布石ですかね。

第三楽章。これもスケルツォ。初めて聴いた人はこのスケルツォの暴力性にかなり驚くことでしょう。非人間的、機械的リズム。これがビオラによってきざまれます。このためにビオラを外に配置していたのが生きています。
 少し残念なのが、第一バイオリンが入るところでテンポが少し速くなってしまって、少し後から元のテンポに戻るのですが、これは解釈なのか、演奏上のことなのかわかりませんが、始終機械的にリズムを刻まないとこの曲の怖さが薄れるように思います。
それと第一バイオリンの刻み方がもっと鋭く深く刻んでほしかったような気がします。

第四楽章。悲劇の後の哀歌という風の楽曲で、なかなかこうした楽曲の今回のこのオケ処理はうまいですね。

第五楽章。正直、八番の最終楽章は、少し前の楽章として弱いかなあと思っていたのですが、第三楽章〜第五楽章を休憩なしで続けて演奏されると、結構意味があるかなあと。ようやく戦争が終わって、復興という気分のなかで盛り上がって行く中で、突如現れる悲劇のデジャブ。戦争後遺症。こういう表現は、ベートーヴェンやマーラーではあり得ない展開。ここに現代という時代とのシンクロを感じますね。この曲は、戦争後遺症の痛みが和らぐかのような感じで静かに終わります。
 今回、聴衆も勉強して来たのか、ミッチーが指揮棒を下ろすまで、しばらくの沈黙。この間がなんとも言えず味わい深いものでした。

次に黒柳徹子とミッチーとのトークがあって、いよいよ15番へ。それにしても黒柳徹子は存在感ありますね。カリスマ的です。ミッチーが押されていました。

第一楽章は、まずまず。諧謔とシリアスの対比。こうした楽章というのは、ミッチーは得意なのかも。第二楽章と第三楽章は、ほとんどソロの饗宴。派手な饗宴ではなく、ピアニシモでのソロは、結構緊張しますね。チェロ主席は迫真の演奏。コンマスソロもまずます。クラリネット、フファゴットは絶品。それにしてもこのホールは、クラリネットとファゴット、ビオラに優しいホールですね。逆にオーボエ、イングリッシュホルン、バイオリンソロには厳しい。
 また意外に出番の多いトロンボーンのソロは、女性の方だったのですが、胃が痛くなるくらい緊張しているのが良くわかります。皆で吹いているときは、結構太い良い音を出されていたのですが、もう少し自信を持てと応援したくなりました。

いよいよ万感の想いを込めての最終楽章へ。
 この楽章では、ワーグナーや自作の引用が盛りだくさん。どこまでが引用でどこまでがオリジナルなのか渾然一体となっていて実にショスタコらしいですね。この楽章で最も楽しみにしているのが、打楽器セットによる最後のチャカポコなんですが、う!? 少しリズム変? 最後の小太鼓の音も大き過ぎるし、もう少し丁寧なアンサンブルをこころがけてほしかったのですが、まあ疲れていたのでしょうね。
これで静かに終わって曲が終了。これもまた丁寧な観衆のおかげで気持ち良く聴けました。
 全体的に、よい演奏だったのですけど、最後がねえ〜。次回の宿題ですね。

この2曲については、日ごろムラヴィンやハイティンクの演奏を聴いているので、批判的なことも書いていますが、日本オケの中で一番安心して聴けたのが新日本フィルでした。数年前に比べて随分と充実した響きのように聴こえましたが、ホールの影響もありますかね。

それにしても、ああ。終わっちゃいました。ミッチーによるとこの演奏会のすべてをCDにしたいとのこと。でもCD化してほしいという気持ちと、しないでほしいという気持ちが半分ずつ。しないでほしいというのは、このすばらしい演奏会は心の中にしまっておきたいというか、演奏会にも来ていない評論家やクラヲタにブツブツ言われたくないというか、そんな気持ちです。

 ムラヴィンスキーと比べてどうだこうだとかいうに決まっているのですけど、そんなことにどれほどの意味があるのか。日比谷公会堂でショスタコに感心のある人達が集まり、そしてショスタコ交響曲の全曲を、生の演奏会を一緒に聴いて、感動したり、疑問に思ったり、場所を変えたり、ミッチートークに笑ったり、ずっと拍手していたことの方が、ずっと大切なことなのですから。
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by ralatalk | 2007-12-09 22:45 | コンサート