クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

名フィルに栄光あれ

演奏会の最後にみたミッチーの勇姿。後光が差していたような。まさに男の本懐というものを感じました。「よくやった。ミッチー。ミッチーを誉め称えよ。」という歓喜の渦でありました。

今回の演奏会は、期待するところは大でありましたが、果してこんなプログラムは成立するのかと心配していたところだったのですが、ミッチーの強い希望で実現。世界のどんなオケも成し得ていない究極のハードボイルドなプログラム。

前代未聞のショスタコの11番と12番の連続演奏と相成りました。
名フィル大ピンチ。

<プログラム>
指揮:井上道義 会場:日比谷公会堂
2007年12月5日(水)19:00開演
交響曲第11番「1905年」、第12番「1917年」
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団




知らない人はわからないかもしれませんが、11番は4楽章で休みなく60分、12番も休みなく40分の交響曲なのです。しかもどちらの曲もかなりハード。それが、名フィルに課せられた使命。正直、名フィルはプロオケとは言え、それほどうまいオケではないので、どうなるんだと心配していたのですが、そこは、努力と根性で見事にカバーしてきましたね。

特に、弦楽パートは、かなり稽古を積んで来たと思うのですが、細かいダイナミックスの変化、統一のとれたアーティキュレーションには好感。ミッチーの指揮にすばやく反応する機敏さも兼ね備えており、さらにグッド。
 金管は、もともと力量不足からか、バランスのよいハーモニーが取れていなかったのは残念ですが、音量だけは、力で持ってきましたね。ナイスなプロ根性。
 木管はフルートが特に良く、最大限がんばったと思います。
 打楽器は私の考えるショスタコ・サウンドとは少し方向性が違うと感じましたが、びしびしと打ち込んでいくスネアドラムには好感。この11番のために特注してきたのかと思えるズシズシ来る重いサウンドした。バスドラは少々やりすぎかなと思いましたが、ミッチーの指示はもっと出せというサインだったのでこれは意図通りということでしょう。ティンパニは、タイミングが少しずれるところが気になりましたが、まずまず。
シンバルは、音色にもっと変化がほしいと思いました。

 11番のハープは3台。これは驚きました。CDで聴いている分には2台だとばかり思っていましたので。

 とにかくショスタコの作品は、演奏的にかなり難しい試練を課すことが多いのですけど、努力と根性で、この試練を潜り抜けることができたのであれば、技量のかけるオケであってもというより、その方が、むしろショスタコの本質である「生き残り」を表現する上では、大いなるプラスになるような気がしますし、感動も大きいのです。

 それに生き残ったという感じをさらに強めるのが、今回のこのプログラミング。
11番で壮絶な修羅場を生き残り、その生き残った者が辿り着く先の12番の祝典のフィナーレという解釈ですね。

 11番においては、最大の聴きどころは、第二楽章の銃撃戦のある部分。このところは指揮者によって随分と違うテンポと表現をとるので、興味しんしんで聴いていました。私の好みは、バルシャイ&ケルン放送響のような遅いテンポで戦車が蹂躙していくような進軍なのですが、ミッチーは超高速の一斉射撃の皆殺しという感じで、ムラヴィンよりも速い演奏でこれは衝撃的。瞬殺ですか!
 
 騒乱が収まった後の第3楽章の前のチェロ、コンバスのピチカート。ミッチーは、かなり遅いテンポで、銃撃の後の生き残った人が立ち上がって来るところを表現しているのですかね。
 そして今回の最優秀賞のビオラ奏者。絶品でした。銃で撃たれた大量の死者を弔うレクイエムとしての主題。ビオラで一通り歌った後で、第二バイオリンと第一バイオリンに主題をわたし、最後にまた主題を歌うところ。白髪のビオラ主席。まるで教会の司祭のような威厳と存在感がありましたね。
 
 第四楽章は、また元気を取り戻し、デモ行進。そのままの勢いで最後の警鐘エンドへ。ここで、すこしハプニング。観衆も60分休みなしで大変。この緊張感から開放されるということでほっとしたいのか、今回もフライングの拍手がありました。まあ、この曲は、よく知っていないと、拍手のタイミングはとても難しい。鐘の音が消えるまでは、かなり余韻があるので、これを最後まで聴いてから拍手が正解。ショスタコも罪なエンディングを作曲してくれたものです。
 ミッチーフライング拍手を背中で振り切るかのような不動な姿勢で、最後のタクトを下ろす。ここで割れんばかり拍手。

 いや本当によくやってくれました。名フィルの皆さんに栄光あれ。
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by ralatalk | 2007-12-05 22:53 | コンサート