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クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

大澤壽人のコンサートに期待

3/12に東京で邦人作曲家の大澤壽人作品のコンサートがあります。

○詳細はここ↓
http://www.nipponica.jp/concert/next_concert.htm
○経歴はここ↓
http://www.nipponica.jp/archive/comp_oozawa.htm

 まあ、邦人作曲家に興味のある人は、まだまだ少数でしょうけど、難解な作品ばかりではなく、親しみの持てる作品でかつ質の高い良い作品も多いのです。そのなかでも最大級の大物が大澤壽人です。作品の質は、まちがいなく世界レベルにあるので、特に神戸の人は、郷土の誇りにしてよいでしょう。



その片鱗は、ナクソスから出ているピアノ協奏曲の神風協奏曲に聴くことができますが、この作品とて、当時の日本人に妥協して書いたとされる作品なので、今回、このコンサートで聴くことのできる妥協知らずの交響曲とかピアノ協奏曲とかには大いに期待しているところです

妥協知らずの作品といっても、戦前の作品でもあるし、いわゆるドカチン系の現代音楽ではないことは、ナクソスのCDからも予想されるところですが、オネゲル、あるいはプロコフィエフを更に複雑化したくらいのモダンな音響ではないかと予想しています。

 邦人作曲家にとっての不幸は、戦前~50年代まではメロディやリズムもはっきりしたわかりやすい作品が主流だったのですけれど、こうした世代の作品がレパートリーとして定着する前に、ピエール・ブーレーズ等のセリー音楽とかクセナキスの確率統計の音楽、ジョン・ケイジの偶然性の音楽、ペンデレツキのクラスター音楽が流行してしまい、作曲家もこの流行に遅れを取ってはならないと過激に前衛化、70年代後半になると、肝心のお客さんがしらけてしまうという有様。60年代では、まだマーラーとかブルックナーですら理解されていなかったので、いくら「俺たちが正しいのだ」と叫んでみたところで、歴史のかなたに忘却されてしまう現実。あと50年たって、コンサートのレパートリーとして定着できる前衛作曲家は、武満の他は、悪くて全滅、良くて2~3名くらいなのではと予想しています。(もちろん、もっと残っていればうれしいのですが)
 前衛作家の難しいところは、音楽史に功績を残すくらいの新しいアイデアとか技法が要求されることで、後追いでなく本当の意味で前衛であることは難しいし、それにそのような作品を作れたとしても、演奏の機会は滅多に与えられないことにあります。

その点、保守系作曲家は、長年にわたり虐げられきた甲斐があって、演奏の機会がないかもしれないけれど本物の音楽をつくりたいと思った人の作品だけが残ってきているので、そうした作品はもう少し演奏される機会が増えるでしょうし、また復活する作曲家もこれから出てくるでしょう。

特に着目すべきは、戦前の作曲家達でありますが、その一番手としての大澤壽人。この人の作品の全容が明らかになり、その評価が確定すれば、日本のクラシック界の未来も明るいものとなると思います。そのための起爆剤としてベルリン・フィルとかウィーン・フィルに演奏してもらえるように関係者が働きかけることが重要でしょうね。

 ベルリン・フィルやウィーン・フィルは毎年のように来日にしているし、プログラムもマンネリ化しているので、無理ということはないと思うんですよね。特にサイモン・ラトルのような音楽の普及に対する情熱のあるマエストロならば、日本人の作曲家を取り上げてほしいといえば、OKをくれそうな感じがするのですけど、どうでしょうかね。

 後はお国や神戸市の力で、大澤壽人生誕○○年記念コンサートとかやって、国内、海外のオーケストラに演奏してもらうというイベントもあってもよいかも。これは文化交流になりますからね。今や日本は、オーケストラ大国でもあるわけだし、これくらいの情報発信をやるべき時期に来ているのです。特に神戸市は、そろそろ空港が完成する予定なので、まあ観光的イベントというのも企画にしては、どうかなあと思いますが、どうでしょかね。
by ralatalk | 2006-03-01 12:51 | 邦人作曲家