クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

N響の本気

あのN響が本気を出しているらしいといううわさを嗅ぎ付け、横浜みなとみらいホールへ直行。
N響といえば、日本一のオーケストラといわれているわりには、やる気のない演奏をすることで有名なオーケストラ。そんなこんなで、私のランキングでは、読響と都響が横綱で、N響は優勝に絡まない大関クラスだ思っている。

でも、熱心なファーンによると年に何回かは、覚醒するときもあるとのこと。そうなのだ。少し前、デュトワが常任だったころのN響はすごかった。これがあるので、少々のマニアックなプログラムでもデュトワの振るN響はいつも満員になる。マニア氏によると、デュトワで駄目ならその日のN響の演奏会は納得がいくという。という次第で、サントリーホールでのBプロ演奏会は2回もあったのに完売。それならば、横浜まで遠征せねばならぬということでいざ出陣。

プログラムは以下



指揮:シャルル・デュトワ
NHK交響楽団(2010横浜定期演奏会)
ピアノ:ピエール=ロラン・エマール

ラヴェル:ピアノ協奏曲
ブーレーズ:12のノタシオンより(アンコール)
ショスタコーヴィッチ:交響曲第8番








第一曲目

 ラヴェルのピアノ協奏曲。ピアニストはこの曲を冷静な分析力によって演奏。なかなか神経の行き届いた良い演奏。特に第二楽章がよかった。ホールの特性を生かし、ベタベタとペダルを踏まなかったのも好印象。現代音楽を得意とするピアニストは、響きに対してのセンスがよい。これがショパン弾きだと......。まあ言わないでおこう。


横浜みなとみらいホールは、ピアノが良く通るホール。最弱音もよく聞こえていた。サントリーホールだとこうはならない。


アンコールにブーレーズのノタシオンというのは驚いた。ショパンとかやられると興ざめなのだが、これはよい名刺代わりになる。トッパンホールとかにくるのであればチェックしておくことにする。

第二曲目
メインのショスタコーヴィッチ、交響曲第8番。

チェロの巨匠、ロストロポーヴィチの作曲の先生は、ショスタコーヴィッチだったのだが、この曲の初演に同行し、彼は作曲家になることを断念したという。音楽を超えた音楽。私もこの曲を最初に聴いたときには、尋常ならざる曲の進行にかなりショックを受けたことを覚えている。
この曲に関しては、楽章構成が独特で、長大な第一楽章の2/3のところに大破綻音響を差込み、第二楽章と第三楽章のスケルツォのすぐあとに大破綻音響を挿入し、その後に静かな第四楽章、あかるめな楽想で進行する第五楽章でも途中で大破綻音響が炸裂し、穏やかなメロディーので曲が続いていき静かに終結する。

ベートーヴェンの苦悩から歓喜への構築美学がある人だと「何だこれは」となるであろうが、私はこの進行を理解できる。20世紀とは、まさにこの第8番のような世界なのだから。

ある日、突然、砲弾が打ち込まれたり、自爆テロがあって無差別に人が死んでいく。でもあいかわらずラジオでハッピーな歌声が流れていたりするという現実的な構造がこの地球上にはあふれている。

シャルル・デュトワは、フランス音楽が得意な指揮者なので、ショスタコーヴィッチのような重厚長大な音楽に対する相性はどうなのか、興味のあるところ。

全体的に通した感想からいくと、曲のフォルムや響きを壊さずに、ひとつひとつを丁寧に積み上げていく手法で演奏しており、N響の弦楽セクションの精密さがきわだった。特にほとんど聴こえるか聴こえないかのピアニシモにおいても、うすっぺらな音響にならず、どっしりとした音響になっていたのが驚異的。このピアニシモの上でピッコロ、イングリッシュホルン、クラリネット、ファゴットの各ソロが際立っていく。
このソロの重要性が、デュトワはよくわかっていたのだろう。大きな悲劇を映像的にみせるのではなく、当事者の語りによって理解してもらおうとすることなのか。と私なりに解釈しておいた。

N響の本気を聴かせてもらって、十分に満足したが、あと希望するところがあるとすれば、ぐいぐいと前に進もうとする自発性がもう少しあれば、オーケストラという暴れ馬をデュトワがしっかりさばいていくという力の緊張感の構図がうまれよかったのではないかと思う。
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by ralatalk | 2010-12-20 12:53 | コンサート