クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

ムター:脱力の極意

バイオリン界には、3人の魔女女王がいるとされる。ヒラリー・ハーン、ヴィクトリア・ムローヴァ。そしてアンネ・ゾフィ・ムターである。女王に謁見する機会。随分と前から楽しみにしていたコンサート。期待を裏切らないできの素晴らしいものであった。

ムターは、クラシック界のスターという事もあって、アンチファーンもたくさんいるのだが、そのアンチファーンからも「最近のムターはすごい。化けた。」という評価も聞かれるようになってきた。おそらく他の2人の女王の成長が著しく、ムターもうかうかとしていられなくなってきた事情があるのかも知れないし、サントリーホールにでかでかと掲載されていたヒラリー・ハーンの宣伝ポスターは無言の圧力を感じさせるのに十分だ。



2010年4月19日(月)19時開演 サントリーホール
ピアノ:ランバート・オルキス Piano: Lambert Orkis

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番、
第1番 「雨の歌」
第3番
アンコール曲 5曲





 ムターの武器は、ムター・ビブラートと言われる振幅が大きく情熱的な、悪く言えば、多少お下品なビブラートにあるのだが、今回は、それにプラスして、弱音の美学が加わった。この弱音、実に多彩。ほとんどかすれるような冬が来る前の秋風、少しビブラートを残しながらの春の息吹を感じさせる冬の風。音が消えて、次の音が聞こえて来るまでの静寂。こうした風景を壊さないために、無駄な動き、余計なテクニックは極力使わない様にしようとする剣術の達人のような自制心。自然な集中力と自在性。
 そうしたものから、このブラームスの演奏は生まれてきた。表現がとても難しいソナタではあるのだが、これはこれで一つの解であろう。

今年は、なぜかブラームスのソナタの演奏会が多い。でも誰ひとりとして納得させる演奏はできなかった。このソナタはバイオリン付きピアノソナタではないのかと思ったくらいだ。でも今宵のムターは、ピアノを制した。強い音ではなく、極限状態までに力を抜いたかすれるような弱い音で制した。
まさに「濁流を制するのは清水」という状態。

この存在感は大きい。ムターにしかできない音楽表現力と独自性がある。私が今まで聴いてきたのは、ブラームスのコンクールソナタであって、バイオリンソナタではなかったのだろう。楽譜のはるか先を語るそんな演奏であった。
 とても勉強になる演奏であったので、帰りにCDを購入しておいた。
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by ralatalk | 2010-04-20 12:51 | コンサート