クラシック音楽を中心にしたポスト現代音楽のためのブログ


by ralatalk

カリスマの資格

木曜日に日下さんのコンサートにいって来ました。いつもなら帰宅後すぐに記事を書くのですが、今回は思うところがあって記事を書くのが後になってしまいました。

日下紗矢子&アレッシオ・バックス デュオリサイタル
日時:6月25日(木) 19:00開演 東京文化会館小ホール
曲目:
  1. ブラームス:スケルツォ ハ短調(「F.A.Eのソナタ」第3楽章)
  2. ブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番 ト長調 op.78「雨の歌」
  3. バルトーク:ルーマニア民俗舞曲 
  4. エネスコ:ヴァイオリンソナタ第3番 イ短調 op.25「ルーマニアの民俗風で」

    出演日下紗矢子(Vn)、アレッシオ・バックス(Pf)

※1曲目は遅刻のために聴けず。




演奏は、ほとんどミスもなく無難に進行。やわらかい音色、やわらかいボーイング。正確な音程。とりわけ和音が美しく響く。日下さんはベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートマスターに就任とのことで、そういう意味でも高い技術力をもっていることがわかります。
ただ、感動がない。「なぜか」、「なぜか」を頭のなかで繰り返す。観衆の拍手も熱狂というものではなく、儀礼的な拍手。やはり観衆もわかっている。アンコールは2曲あり、2曲目が終ったあとにソリストみずから挨拶の言葉があった。

「ピアノのアレッシオ・バックスが実によく私をささえてくれて安心して演奏できました。」
そうなんだ、この人は安心して演奏してしまったんだ。

クラシック音楽のソリストの超一流クラスは、基本的に肉食系。音楽という獲物を骨までかみ砕くどん欲さをもっている。これが日本人若手ソリストに多いに欠ける資質。日本は弦楽器大国とか最近ちやほや言われるようになってきているが、真のクラシック音楽を極めるには、まだまだ道のりが遠い。その入り口にも到達していない。先生に教えられた奏法で定盤のレパートリーをこなしているだけでは、お稽古事の延長に過ぎない。もっと音楽にどん欲であってほしい。

例えば、カルミニョーラならビバルディのめずらしい曲目をずらずらと並べて、その1曲、1曲を豹のようにばりばりとうまそうに食い散らかしていく。そのスピードのある野生感が、観ている観客を驚愕させ、感動を呼んでいく。

マンゼ。この人は、ものすごいスピードで木々の間を潜り抜けていく猿だ。一瞬の間に手にたくさんの音楽の果実をたずさえてくる。とってくる実は、ビーバーとか、パンドルフィとかいった珍しい果実。今まで食べたことがないうまさだ。

ヒラリー・ハーン。カワイイ顔をしているが、その正体はオオワシだ。その鋭い爪の切れ味。時空を切り裂き、そのなかに音楽を吸引していく。彼女は、自分に合わせるピアニストは選ばない。ピアニストに予測不能な破局点を作らせ、獲物である音楽を予測不能状態にし、音楽追いつめてとらえる。クレメルもどうような手口をよく使うが、それを越えようとしているのかもしれない。

とにかくこのレベルに達するには、自分で楽曲を発掘し、その魅力を観客に充分に見せつけることができる能力が必要。知らない暗黒の世界、未知の世界へ聴衆を巻き込んでいく。それができるが故のカリスマ。カリスマはどん欲な肉食獣でなければならない。

とは言え、日本人が肉食獣になることは難しい。ここで重要なのは、日本人しかできない日本人特有の音楽をやりきること。実は、そんなのはすでに生まれているのかもしれない。でも見えてこない歯がゆさがある。

指揮者の世界では、そろそろそういう人は出てきている。日本の若手ソリスト陣。もう一歩前進してほしい。
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by ralatalk | 2009-06-28 01:09 | コンサート